第1段『Eureka』

f:id:xxxxkun:20180214214119p:plain

エウレカ

 

風が強かった。 もう何年も髪型なんて気にしていない。 反抗するようになびく前髪が目にかかり鬱陶しい。
信号待ちではベビーカーに乗った赤ちゃんが屈託のない笑顔を撒き散らしていた。自然と自分の口角が上がっている。 ベビーカーをしっかり両手で持つお母さんの表情を見て安心した。 信号待ちで出会った親子の姿を見て幸せを感じる。 唇が乾燥していたことにも気付かずに冷気を口呼吸で循環させる 魚屋の店主が店の前で台車の不調に頭を抱えている。 だからと言って、店の前でスプレーを振りかけるのはどうだろう。新鮮な魚たちも疑問の目で見ている。 以前、母親と話した例の喫茶店の場所はどうやら違ったらしい。このメインストリートには無いようだ。   平凡という名のコーヒーショップを横目に、丸々と太った3羽の鳩に先導されながらひたすら歩く。 イヤホンからは〜"恋なんて言わばエゴとエゴのシーソーゲーム"〜と心地良いメロディが流れる。 僕のスピードと鳩は一定の距離を保ちながら同じ方向へ進んでいく。 追いつけそうで追いつけない。言わば先輩に恋い焦がれるシーソーゲムのように。   その中の1羽だけが何やら地面を忙しそうに突っついている。2羽に置いていかれていることにも気づいていない。 前から1組のカップルが向かってくる。あの国立大学の学生に違いない。 狭い道をどう避けようか。心には避難所などないが、ふと反対側を見ると道が空いている。 猫もこんな想いで道路を横断しているのかと少しばかり共感できる部分がある。 カップルの会話は聞こえないが、脳には勇敢な恋の歌が流れている。ついにサビだ。 今日の外は塩くさい。 お世辞でも綺麗と言えない色をしている海から吹いてくる風だ。 当然、心地よく感じるはずがない。 やっとエウレカの文字が見えた。 捨て忘れたミント味のガムを口の中で小さく丸めながらドリップコーヒーを飲む。 コロンビア産の豆は酸味が強い。 重厚感のあるまろやかな珈琲が好きな僕にとっては、少し期待外れだが、だんだんとクセになる事がわかった。 緑や黄色に色づいている葉っぱ達が左向きに流れている様子を見るとまだ外には出たくない。 チョコレート屋はまだ忙しいのだろうか。 ほろ苦く酸味のある珈琲を飲み干し、甘い14日の夕方を楽しむ。 スナ